がんと脳梗塞をつなぐ"見えない糸" ― 山瀬まみさんの報道から学ぶ「トルソー症候群」
最近、タレントの山瀬まみさんが子宮体がんの治療中に脳梗塞を発症された、という報道がありました。「えっ、がんと脳梗塞って関係あるの?」と思われた方も多いかもしれません。実は、この2つの病気は"見えない糸"でつながっていることがあるのです。
その代表的なものが「トルソー症候群(Trousseau症候群)」。これは、がんが血液の性質を変えてしまい、血が固まりやすくなることで脳梗塞や肺塞栓(はいそくせん)などを引き起こす病気です。まるで、血液の中に"目に見えない罠(わ"が仕掛けられているような状態なのです。
私たちの体を流れる血液は、本来サラサラで柔軟です。ところが、がん細胞は「ムチン」や「凝固促進物質」といった、血を固める方向に働く物質を出します。その結果、血液が"ドロドロモード"に入り、血の塊(血栓)ができやすくなるのです。この血栓が脳の血管に詰まると「脳梗塞」、肺に飛ぶと「肺塞栓」になります。
つまり、「がんが進行する過程」で「血の流れの事故」が起きやすくなるわけです。
トルソー症候群は、膵臓がん・胃がん・肺がん・卵巣がんなどの「腺がん」で多く見られます。ただし、子宮体がんや前立腺がんでも起こることがあるため油断はできません。特に注意したいのは、「手術の前後(周術期)」です。
この時期は「脱水(汗や点滴の制限)」「麻酔(血流や自律神経の変化)」「安静(長時間の寝たきり)」「ホルモン変動(女性ホルモンの影響)」などが重なり、血液がより固まりやすくなります。
「手術の山を越えたと思ったら、次の山が待っていた」――そんな二重のリスクを避けるためにも、この時期の注意が大切なのです。
トルソー症候群による脳梗塞では、左右の脳に小さな梗塞がいくつも現れることが多いのが特徴です。症状は普通の脳梗塞と同じで、「手足のしびれやまひ」「言葉が出にくい」「視野が欠ける」「ふらつく」などが起こります。
この場合、血液検査では「Dダイマー」という数値が高くなり、これによって医師は血栓の関与を疑います。「Dダイマーが高い=血の中で何か起きている」、そんなサインなのです。
治療の基本は、ヘパリンという薬による「抗凝固療法(こうぎょうこりょうほう)」です。ワルファリンよりも安定して効果が出やすく、最近では自己注射タイプも使われています。また、がんの治療を進めること自体が、血栓リスクを下げることにつながります。
つまり、「がんと血液、両方を見つめながら治療を進める」ことが大切なのです。
トルソー症候群は、決して珍しい病気ではありません。それを少しでも防ぐためには、「体のサイン(手がしびれる・ろれつが回らない・急にふらつく......等)」に早く気づくことが何よりも大切です。
小さなサインも、体が発してくれる大切なSOSです。無理せず、遠慮せず、「いつもと違う」と感じたら早めに相談してください。
今回の山瀬まみさんの報道は、そんな「がんと血液のつながり」を私たちに気づかせてくれるきっかけのひとつです。今日のその小さな気づきが、明日の命を守るかもしれません。
知ること、気づくこと、相談すること。どのような病気にも言えることですが、それこそが、私たちの体をしっかり守り抜く"治療と健康の第一歩"です。
【参考文献】
1. 野川 茂. 「がんと脳梗塞―トルーソー症候群の臨床」日本血栓止血学会誌 2016;27(1):18-28.
2. 赤塚 和寛ほか. 「当院でのTrousseau症候群40例の臨床的特徴」脳卒中 2018.
3. 吉岡 綾奈ほか. 「終末期乳癌に認めたTrousseau症候群の1例」京都府立医大誌 2019;128(8):605-610.
4. 小羽田 悠貴ほか. 「脳梗塞で発症した進行性前立腺癌に伴うトルソー症候群の1例」日泌尿会誌 2019;110(1):28-31.
5. 青木 亮太ほか. 「Trousseau症候群を合併した左上葉肺扁平上皮癌の1例」日呼吸誌 2016;5(1):1-5.
6. 長谷川祐三監修. 「がん治療中の脳卒中に注意―意外と多いトルソー症候群」先進医療.net.
7. 「がんと血液の異常 ― トルソー症候群とは」あきらめないがん治療情報サイト(https://www.akiramenai-gan.com/column/62140/).

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| 2006年3月 | 岩手医科大学 卒業 |
|---|---|
| 2006年4月 | 岩手医科大学医学部泌尿器科学講座入局 |
| 2010年4月 | 岩手県立釜石病院泌尿器科 |
| 2011年4月 | 北上済生会病院泌尿器科 |
| 2012年4月 | 岩手医科大学医学部泌尿器科学講座 助教 |
| 2014年4月 | ときわ会常磐病院 |
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