文字サイズ:

介護予防の視点介護予防の視点

Vol.53「人とのつながり」がもたらすものとは?

みなさん、こんにちは。楢葉ときわ苑副施設長・作業療法士の木田佳和です。今年最後のコラムを担当させていただきます。今年はみなさんにとって、どのような年になりましたか?私にとっての平成23年は、決して忘れることのできない「激動の1年」となりました。その理由は、未曾有の大災害をもたらした東日本大震災によって、生活が一変してしまったからです。

楢葉ときわ苑は、平成22年8月にオープンしました。関係各位や地域の皆様に支えられながら、徐々に運営が軌道に乗ってきた矢先の平成23年3月11日、あの瞬間から希望に満ち溢れていたそれまでの日常が打ち砕かれてしまいました。原発事故による警戒区域に位置する当施設は、現在小名浜ときわ苑の一部スペースを使用して、利用者様のケアを継続しているところです。

楢葉町からいわき市に避難した当初は食料の確保もままならず、利用者様は小学校の冷たい教室の床に雑魚寝をせざるを得ないなど、避難生活は困難を極めました。私達自身も今までに体験したことのない過酷な状況に、心が折れそうになることが何度もありました。しかし、次々と支援物資が届けられ、仲間や被災者同士で励まし合うなど人の温かさに触れるたびに、「自分は1人じゃない」と実感し勇気づけられました。当時を振り返ると、心の支えとなった1つの要因は、「人とのつながり」が生み出すパワーによるものだったと感じています。

そこで今回のコラムでは、「人とのつながり」がもたらすものについて、改めて考えてみたいと思います。

変化したつながりの姿

私達はこの世に生まれた瞬間から、家族をはじめ誰かに支えられ守られています。成長するにしたがって活動の場は広がり、近所に住む人達と遊び、地域の学校で友達と学び、社会人となってからは職場の人と共に仕事をするなど、様々な人と触れ合うようになります。そして、その過程で他者とのコミュニケーションを図り、人的ネットワークを形成するなど、人々とのつながりが育まれていきます。しかし現代社会においては、人とのつながりが希薄になっているということを耳にする機会も少なくないと思います。

平成19年版国民生活白書によると、家族・地域・職場のつながりの姿は、以前と比べて大きく変化しており、経済・社会環境の変化や意識の変化などにより、つながりは弱まっていると示されています。家族ではそれぞれの行動が個別化しており、地域においても近所付き合いは疎遠となり、町内会・自治会へあまり参加しない人が増えています。また、職場では仕事以外の付き合いが減っているとともに、企業に帰属するとの意識が薄くなっているのだそうです。

つながりの弱化

このような「つながりの弱化」は、人々の生活に大きな影響を及ぼすことが予想されます。つながりがもたらす効果は様々あるでしょうが、大きく2つに分けることができると考えられています。1つは、「家族でいると安らぎを感じる」「地域活動に参加することにより、達成感が得られる」など、精神的な安らぎや充実感をもたらす効果です。またもう1つは、「子供をしつける」「防災や防犯のために地域の人と見回りをする」「職場で一致団結してプロジェクトを達成する」など、助け合いや協力によって、人々や社会が求める何らかの価値を生み出す効果です。

つながりが弱まることで、人々は「つながりの効果」を得ることができなくなる可能性があります。近年、物の豊かさよりも心の豊かさが重視されるようになっていますが、つながりの弱化によって精神的な安らぎや充実感を得ることができなくなれば、人々は生活の豊かさを実感できなくなる恐れがあります。また、つながりが生み出す価値を人々が獲得できなくなるという影響も考えられます。例えば、家族におけるしつけが不十分であれば、次世代を担う子供達の人格・能力に影響する可能性があるでしょうし、地域に期待されている教育、子育て支援、防犯・治安といった機能が低下すれば、地域の人々の生活の質に影響を及ぼすことになるでしょう。加えて、職場でも助け合いやコミュニケーションが不十分になることで、人々のストレスが高まることも考えられますし、企業の業績や、ひいては日本経済の活力にも影響が生じることもあり得ると思います。

人々がどのようなつながりを求めるかは千差万別ですが、つながりの弱化を防ぎ、人が望むつながりを獲得することで、精神的に満たされ、より充実した快適な生活を送ることにつながると言えそうです。

近しい人の存在

震災関連の調査でいえば、阪神大震災を経験し、神戸市内の一部地区に在住する2,000人以上を対象に、震災約1年後に行われたストレスとメンタル・ケアに関する意識調査(日本赤十字社まとめ・1995年)というものがあります。それによると、被災時に頼りになり精神的な支えになった人は、「友人」と答えた人が最も多く、ついで「親類」「配偶者」「子供」「両親」というように、近しい人の存在を多く挙げる傾向があったそうです。

被災した体験を話すことができた相手は、「家族」「親類」「震災前からの友人」というように、やはり個人的なつながりのある人を挙げる回答が圧倒的で、少なくとも震災後1年程度の時期に必要とされるメンタルケアでは、精神科医やこころのケアの電話相談、心理学者やカウンセラーなどのこころの専門家より、何よりも身近で個人的なつながりのある人の存在が、大きな心の支えになっていたようです。つながりの希薄さが伝えられる現代社会ですが、非常に困難な状況にあるときに心の支えになれるのは、やはり深く心を通わせた親族であり友人なのだと思います。

また、隣近所などの住民同士のつながりやコミュニティーについて、9割以上の人が「大切だと感じる」と回答した調査結果もあるようです。家族・友人だけではなく、日常生活において身近に住まう人とのつながりへの意識が高まっている傾向が伺えます。

これらの文献・調査などを踏まえると、確かに人は昔ほど深いつながりを求めてはいない部分が存在しているのかもしれません。しかも、阪神大震災後の調査結果や私が今回の震災で気付かされたように、つながりがもたらす効果に気付かず、つながりを持つことに対して消極的になっている人が多いことも予想されます。

つながりが生み出すもの

今回の震災を経験して、自然の力の前では、人はいかに無力であるかを痛感させられました。しかしそれと同時に、人とのつながりが生み出すパワーを実感することもできました。人は1人では何もできません。人は本来、他者とのつながりの中で生きていく動物なのです。人との支え合いの中で生存や安全を確保し、人とのつながりの中で喜びや生きがい、愛情を見つけ、それを基にして生きていくのです。人とのつながりがあるからこそ「感謝」が生まれ、「助け合い」や「貢献」「自己実現」があり、そしてその先には「その人らしい生き生きとした人生」があるのではないでしょうか。

人はつながり合って生きています。そのつながりが温かいほど、人は幸せな生活を送ることができることでしょう。様々な人がいる中で、自ら勇気を出して他者に寄り添うことができるようになれば、今までとは違う人生が見えてくるかもしれません。

参考資料
1)平成19年版国民生活白書
2)災害時は心のつながりを…震災後に考えるべき心のケア

介護老人保健施設 小名浜ときわ苑

介護老人保健施設 小名浜ときわ苑

福島県いわき市小名浜

☎ 0246-58-2300

看護師サイト

二人のソプラノSempre ff 土井由美子と常盤梢