常磐病院

常磐病院では「婦人科」「乳腺外科」「女性泌尿器科外来」など、女性特有の疾患に対応する診療科を開設しています。また「小児科」では、「小児アレルギー外来(予約制)」を開設しているなど、仕事と育児を両立する女性に寄り添う医療を提供しています。
このページでは、各診療科の医師が女性特有の疾患について分かりやすく紹介しています。また、「月刊タウンマガジンいわき」でも「女性のための医療コラム」を毎月掲載していますので、そちらも御覧いただければと思います。

Vol.13 2021年10月

腹腔鏡下手術を支援するロボットについて

教えてくれるのは 婦人科 玉田 裕(たまだ ゆたか)先生

腹腔鏡下手術を支援するロボットとは?

 腹腔鏡下手術を支援するロボット手術とは、8mm径の非常に小さな傷から、腹腔鏡というカメラや鉗子(※組織をつまんだり、剥離展開する医療器具)などを入れ、3次元モニターに映ったおなかの中を見ながら、専用の手術器具を遠隔操作する手術です。おなかの中を観察するには膨らませることが必要ですが、気腹法といって炭酸ガスをおなかの中に入れる方法で行っています。ロボット(ダヴィンチ)を使用しない通常の腹腔鏡下手術は、日本では1990年頃から普及し始めました。現在では器具の進歩と医師の技術の向上により多くの疾患に適応されるようになってきています。そして〈Intuitive Surgical社〉が開発した「da Vinci surgical system」は、通常の腹腔鏡下手術では困難な鉗子操作を可能にし、より精度の高い手術を可能にした手術支援ロボットです。もちろん、ロボットが勝手に手術してくれるわけではありません。あくまでも術者がロボットを操作して、あたかも開腹手術を行っているかのような感覚で自在に手術ができます。

腹腔鏡下手術について

 腹腔鏡下手術が適応とされる疾患は次第に多くなってきており、良性の卵巣腫瘍、子宮筋腫、異所性妊娠、子宮内膜症などから悪性腫瘍まで婦人科のほとんどの疾患が対象となっています。ただし、保険適応かどうかは別問題になります(※厚労省の定めた基準で健康保険が適応になったり、自費診療になったりします)。
 以前は手術野を確保するため、おなかを大きく切ることが安全な手術の基本とされてきました。腹腔鏡下手術では、傷が小さいため、結果的に術後の痛みが少なく、同じ手術術式であっても早めに退院される方が多いです。しかし、腹腔内の状況によっては、数センチの小切開を加えて腹腔鏡下手術と開腹手術を同時に行ったり、また、既往手術歴の多い方や炎症性腹膜炎のため、おなかの中で腸管などが摘出臓器と強い癒着を生じている状況下では、術中に開腹手術に変更したりすることもあります。手術で治療をする病状によって腹腔鏡下手術から開腹手術へ移行する率は異なりますが、約0.5~1%の患者さんは術式を開腹手術に変更することがあります。

全国有数の症例数を誇る〈常磐病院〉の腹腔鏡下手術を支援するロボット手術

 一般的には、腹腔鏡下手術を支援するロボットによる手術のほうが通常の腹腔鏡下手術より繊細な手技が可能になり、開腹手術や腹腔鏡下手術と比較すると、出血量も少ないとされています。
 腹腔鏡下手術を支援するロボットによる手術ならではの合併症も稀ではありますが報告されています。手術視野が限られていることに起因する、子宮近傍の臓器(膀胱、尿管、直腸などの消化管、大血管など)を損傷する可能性があります。重症子宮内膜症の方の場合は、癒着が直腸や尿管近くに及んでいる可能性があるので、他臓器損傷が発生しやすく細心の注意をはらって手術を行っています。
 〈常磐病院〉では、ダヴィンチを使用した腹腔鏡下手術件数が1000件を越えました。これは全国有数の症例数になります。そのほとんどが泌尿器科疾患の手術ですが、婦人科や外科も徐々に増えつつあります。〈常磐病院〉では、最先端の医療を地域の皆様に提供すると同時に、安全性の高い医療を心がけています。

Vol.12 2021年8月

大腸がんと検診・診断について

教えてくれるのは 外科 澤野 豊明(さわの とよあき)先生

大腸がんとは?

 大腸がんは、大腸(結腸・直腸・肛門)に発生するがんです。女性はおよそ13人に1人、男性はおよそ11人に1人が一生のうちに大腸がんと診断されています。大腸がんにかかる方は増加傾向にあり、がんの部位別罹患数は、男性で第3位、女性で第2位となっています。また、がんによる死亡者数としても、男性で第3位、女性で第1位で、2018年現在、男女を合わせると第2位となっています。
 環境要因(生活習慣など)や遺伝要因などが大腸がんの発生には関与することが知られています。他にも日本は検診受診率が低いことが、大腸がんの死亡率を上昇させている要因の一つと指摘されています。大腸がんは、早期に発見すれば非常に予後がよいがんですが、発見が遅れ進行した状態で見つかると致死率が高いがんでもあります。早期に発見し、適切な治療を受けることが大切です。

大腸がんの症状

 早期の大腸がんでは、便潜血検査が陽性になることはあっても、自覚症状は何もないことがほとんどです。その一方で、進行大腸がんでは腫瘍による局所の症状が出ることが知られています。過去の報告によれば、進行大腸がんの症状として最も多いものは便習慣の変化でした。続いて、血便または下血、腹部または肛門近くの腫瘤触知、原因不明の貧血(血液中の赤血球濃度の低下)でした。特に下血または血便と腹部の腫瘤を触れる症状がある場合には大腸がんの可能性が一気に高くなりますので、もしそのような症状がある方は早めに医療機関に受診してください。

大腸がん検診

 大腸がん検診が40才以上の全ての男女を対象として行われています。日本で用いられている検診の方法は、便潜血検査です。この方法は2日分の便を提出し、便の中に血液が混じっていないかを調べるものです。便潜血検査が陽性になった場合には全大腸カメラを行い、出血の原因を特定します。便潜血検査は、科学的に大腸がんの死亡率を低下させることがわかっている有用な方法ですが、出血していない大腸がんは見つけられないこと(偽陰性)や、痔がある人などでは必ず陽性になってしまう(偽陽性)などのいくつかの問題点も有しています。
 一方で、米国予防医学専門委員会(USPSTF)は、この便潜血検査に加えて、最近まで50才以上の男女に対して5年ごとの全大腸カメラを推奨していましたが、2021年に改訂がなされ、45才以上の男女に対して、10年ごとの全大腸カメラと5年ごとのCTコロノスコピーが推奨されるようになりました。日本の検診と異なる点は、症状がなくても大腸カメラが推奨されていることですが、これらも非常にエビデンス(科学的根拠)が高いため、日本でも今後検診方法が変更される可能性は十分にあります。

大腸がんの診断

 大腸がんの診断は原則的には大腸カメラと病理検査で行われます。大腸カメラで病変を確認し、生検で腫瘍の一部をつまみ、病理検査で組織の状態を確認し、がん細胞が認められれば大腸がんと診断されます。大腸がんの確定診断が付いた後は、造影CTや大腸バリウム検査を行い、大腸がんの病期(ステージ)が決定されます。病期に基づいて、その後の治療方針を決定します。大腸がんに関して、気になることがある場合には、〈常磐病院〉外科の外来までお気軽にご連絡ください。

Vol.11 2021年7月

乳がん早期発見のためのセルフチェック

教えてくれるのは 乳腺外科 尾崎 章彦(おざき あきひこ)先生

乳がんの早期発見に最も効果がある検査は、2年に1度の定期的なマンモグラフィーです。では、セルフチェック(自己検診)は、乳がんの早期発見に効果があるのでしょうか。実際に、これは外来を受診された皆さんからも、しばしば尋ねられる質問です。このような場合、私は「定期的なマンモグラフィーに加え、月に1度定期的にセルフチェックを行うことで、乳がんを早期に発見できる可能性があります」と答えるようにしています。

乳がん早期発見! 3つのセルフチェック

 セルフチェックとは、主に3つの作業からなります。1つ目は、お胸にひきつれやえくぼのようなくぼみがないか「目で」確認する作業、2つ目は、お胸にしこりやこぶがないか「手で触って」確認する作業、3つ目は、乳首から出血などの分泌物がないか「指で絞って」確認する作業です。
 1つ目の「目で」確認する作業では、鏡の前で手を上げたり下げたりして、また、体を捻って様々な角度からお胸を見ることで、効果的に異常を見つけることができます。2つ目の「手で触って」確認する作業では、調べる側の腕を上げた状態で、反対側の手の指の腹を使って、お胸全体と腋の下をくまなく触るようにします。閉経前の方はお胸が柔らかくなる月経終了後1週間~10日の間に、閉経後の方は毎月1回実施する日を決めて行うことが重要です。決められたタイミングでのセルフチェックを習慣化することで、お胸の些細な変化に気づくことができるのです。
 ただ、これまで定期的なセルフチェックについては、欧米諸国を中心に、否定的な意見が趨勢を占めてきました。というのも、定期的なセルフチェックによるメリットを明確に示した研究はほとんど存在しないからです。正しい方法で注意深くセルフチェックを行った場合に限り、早期での乳がん発見につながる可能性があると言われています。以上踏まえた上で、私が定期的なセルフチェックを勧める理由をご説明したいと思います。

なぜ定期的にセルフチェックをした方が良いの?

 最大の理由は、検診と検診の間で見つかる中間期乳がんの存在です。例えば、カナダから2020年に発表された研究においては、定期的にマンモグラフィー検診を受けている女性で指摘された乳がんの4分の1はこのような中間期乳がんであったことが報告されています。加えて、このような中間期乳がんは、検診で見つかる乳がんと比較して、悪性度が高く、死につながりやすい特徴を持っていました。このような乳がんを見つけるには、定期的にセルフチェックを行うことが有効と考えます。

 加えて、定期的に検診を受けていない女性においても、セルフチェックは有用と考えます。なぜならば、そのような女性においては、セルフチェック以外に乳がんを見つける方法がないからです。この文脈で強調されるべきデータは、2018年のいわき市の乳がん検診受診率(※40才以上の女性対象)が13.7%と福島県の自治体で最下位だったことです(※福島県平均は26.8%)。もちろん、定期的なマンモグラフィーの受診が優先されるべきですが、すぐに自宅でできる取り組みとして、特にいわき市においては、セルフチェックの習慣化の必要性を訴えたいと考えています。またこのことは、定期的なマンモグラフィー検診の対象にならない30代の女性においてもお願いしたいと思っております

Vol.10 2021年6月

遺伝性乳がん 卵巣がん症候群

教えてくれるのは 婦人科 玉田 裕(たまだ ゆたか)先生

 癌(がん)が様々な遺伝子異常の蓄積によって発生することは、ご存じの方も多いかもしれません。しかしながら、その場合の遺伝子異常というものは持って生まれたものではなく、ほとんどは年齢を重ねるにつれて後から発生したものです。親から子へ受け継がれる遺伝的なものとして発症する癌は、全体の10%程度と言われております。したがって、多くの人にとっては、長生きすればするほど、様々な癌が発症する可能性があるわけです。平均寿命が50代のころは癌罹患者数は少なく、多くの人は結核などの感染症や戦争で命を落としていました。
 「うちの家系は癌でなくなっている人が多いから自分もいつかは癌になるのではないか!?」と不安を感じている方もいらっしゃるかと思います。しかしながら、まだまだ発がんリスクを低減させる手段は見つかっていないというのが現状です。新聞広告や週刊誌では連日のように、「○○を飲んで、○○を食べれば癌が治る」などといった根拠のない情報が横行しておりますが、本当に予防効果が認められているのは、子宮頸がんに対するワクチン接種と、大腸ポリープ切除による大腸がん予防のみです。

 2003年にヒトのDNAを構成するすべての塩基配列が解読されたことが、アメリカ、イギリス、日本など6ヵ国からなる研究チームによって発表されました。ヒトの遺伝子配列がすべて解明されたのです。これを機に医学の研究は新たなステージに突入します。現在、医療の現場でも多く使用されるようになってきた分子標的治療薬は遺伝子研究の成果でもあり、今後もどんどん増えていくことが予想されます。

遺伝性乳がん

卵巣がん症候群とは

話がずれてしまいましたが、本日のテーマである遺伝性乳がん卵巣がん症候群について説明します。早期発症の家族性乳がんの原因遺伝子が17番染色体に存在することが発見されたのち、1994年に三木義男先生らにより、BRCA1遺伝子が同定されました。米国ではその変異遺伝子キャリア(保因者)に対する卵巣/卵管、乳房の予防的切除が任意で行われており、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんがリスク低減のために卵巣/卵管/乳房を切除した際に話題となりました。2020年4月から原因遺伝子であるBRCA1/BRCA2遺伝子が保険診療(自己負担額3割)で検査できるようになり、〈ときわ会常磐病院〉でも検査体制、カウンセリング体制を整えて診療を行っております。現在、保険診療で検査を受けられる方は下記の項目に該当する方です。

1.乳癌発症者のうち以下を満たす方
□45才以下の乳癌発症
□60才以下のトリプルネガティブ乳癌発症
□2個以上の原発性乳癌発症
□第3度近親者内に乳癌または卵巣癌発症者が1名以上いる
2.卵巣癌、卵管癌および腹膜癌を発症
3.男性乳癌を発症
4.がん発症者でPARP阻害薬(分子標的治療薬)に対するコンパニオン診断の適格基準を満たす場合

 BRCA1/BRCA2遺伝子に病的バリアント(遺伝子異常)を有している方には、乳がん、卵巣がん(女性のみ)、前立腺がん(男性のみ)、膵臓がんなどの発症リスクが高いことがわかっています。ですから、うちの子は男の子だから関係ない、というわけにはいきません。みんな一人一人が遺伝子異常を把握して健康管理していく、そんな未来を迎えつつあります。

Vol.9 2021年5月

出産後の尿もれについて

教えてくれるのは 泌尿器科医師 小内 友紀子(こうち ゆきこ)先生

 今回は、出産後の尿もれについてお話しします。私も10年以上前ですが2人の娘を妊娠、出産しております。出産後すぐにふとくしゃみをしたら、パッドにびしょーっとなるほど尿もれしてびっくりした記憶があります。その後回復しましたが、中にはいったん良くなったのに、閉経後に再度ひどくなってきたり、出産後回復せずにずっと尿もれが続いている方もいるのではないでしょうか。この場合の尿もれはくしゃみや咳など、腹圧が高まった時に尿がもれるため「腹圧性尿失禁」と言われています。急に尿意がでて、尿もれしてしまう、「過活動膀胱」「切迫性尿失禁」とは違います。「腹圧性尿失禁」の場合は、尿道を支えている膜や筋肉が妊娠や出産、その後の閉経などで弱って起きるとされています。尿道の筋肉の締まる力を超えて腹圧が上昇した時に尿もれが起きる理屈です。妊娠出産をしていない方でも起こります。

 どれくらいで病院を受診するべきかは、尿もれのひどさと困り具合で決めると良いでしょう。本当にひどい咳やくしゃみでたまたまちょっともれた、年に数回のようなレベルであれば、下着やおりものシート、パンティーライナーをとりかえればすみますね。しかし、「ランニングをしたいのに、パッドがびしょびしょになるのでいけない」「縄跳びを子供さんとしたいのに尿もれがひどくてできない」「洋服がびしょびしょになるのを気にしている」「出かけるには大きめのパッドをたくさんもっていかないとだめ、旅行なんてもってのほか」、このような方には受診をおすすめします。

 外来では尿検査後に、じっくりお話をうかがいます。「腹圧性尿失禁」が疑わしければ、その後、別の日に尿をためた状態で婦人科の診察台のようなところで尿道の強さを確認する「ストレステスト」を行います。強くいきんだり、咳を連続してもらって尿もれが起きるかどうかを実際に確認します。その後尿の勢いをみる「尿流量検査(※検査用のトイレに排尿する検査)」「残尿測定(※排尿後に尿が膀胱内にどれくらい残っているか、下腹部に器械を当てて確認する検査)」をし、尿を出す機能に問題がないかどうかを見せていただきます。「60分パッドテスト」といって、尿パッドをつけて一定の動きをしてからパッドにどれくらいもれたかをみる検査をすることもあります。「ストレステスト」や「60分パッドテスト」で尿もれの重症度がわかったら、治療にすすみます。

尿もれの治療について

 軽〜中等度の「腹圧性尿失禁」の方の場合はそのまま経過をみていただくことが多いです。骨盤底筋体操といって、膣やお尻の穴を収縮させる運動をしてもらうこともあります。体重が増えて尿もれもひどくなった方の場合は5%程度を目安に体重を減らすのも効果的です。飲み薬もありますが、いつもれるかわからないのに、いつも飲まなくてはならないため、あまりおすすめしていません。重症の「腹圧性尿失禁」の場合は手術がおすすめです。「TOT手術」や「TVT手術」といった、尿道を支えるように医療用のテープを通す手術になります。どちらも長年行われている手術ですので、治療としてしっかり確立されています。常磐病院では2泊3日で全身麻酔で行なっています。局所麻酔でもできるのですが、麻酔の注射が痛いため、患者さんが寝ている間に終わってしまう全身麻酔をおすすめしています。30分ほどの手術です。手術後はテープが周りとしっかり付くまでの2ヶ月ほどは重いものを持ったり、強くいきむ動作を避けていただきます。有効性は85から90%程度です。手術が終わって退院した後、患者さんが外来で輝くような笑顔で「くしゃみしてももれませんでした」とおっしゃるのが嬉しい瞬間です。

Vol.8 2021年4月

低用量ピルを内服することの効能について

教えてくれるのは 婦人科 玉田 裕(たまだ ゆたか)先生

 女子サッカー元日本代表の澤穂希さんが、現役時代、月経周期をコントロールするために「低用量ピル」を服用していたことをご存じでしょうか。澤さんは、排卵日に怪我をしやすかったため、20歳の頃から毎朝基礎体温表を付けて体調管理を行っていたそうです。しかし、海外チームへ移籍した時、チームメイトのほとんどは、低用量ピルを服用して体調管理をしており、ドーピング検査にも問題ないものを処方してもらっていたそうです。生理痛や試合日の生理を根性で克服することはできないと考えた澤さんは、低用量ピルを服用し、そのおかげで、安定した現役生活を送ることができたと話されています。
低用量ピルは、卵胞ホルモンと黄体ホルモンの2種類の女性ホルモンを合成してできた錠剤で、21錠タイプと28錠タイプがありますが、どちらも実薬(成分の入っている錠剤)は21錠です。低用量よりもさらに女性ホルモンの含有量が少ない超低用量ピル(ULD)もあります。
 低用量ピルを服用すると、血液中の女性ホルモンの量が増え、自身の卵巣が女性ホルモンを出しすぎていると脳が錯覚し、卵巣の働きを抑制します。これが「ネガティブ・フィードバック」と言われるもので、本来女性が有している正常な生理反応を利用して排卵を抑制します。したがって、ピルを飲み忘れると、血液中の女性ホルモン量が減るので、脳は女性ホルモン量が減ったと感知し、休んでいた卵巣を刺激し始めます。飲み忘れは要注意です!

低用量ピルの避妊効果について

低用量ピルをきちんと服用した場合、99.7%の避妊効果があります。また、過多月経の改善、月経痛の緩和、月経不順の改善などの効果があります。避妊効果には優れていますが、コンドームを使用しない性交渉により性感染症になる確率は増加します。クラミジアや淋菌、HIV、子宮頸がんの発症に関わるHPV(ヒトパピローマウイルス)感染もピルでは防げません。性感染症予防のためにはコンドームを使用することを心がけましょう。

低用量ピルと薬やサプリメントとの飲み合わせ

 薬の飲み合わせに関しては、薬局の風邪薬、頭痛薬、ビタミン系サプリメントは問題ありません。特に注意しなければならないのは、精神安定系サプリメント「セントジョーンズワート(西洋オトギリソウ)」です。ピルの避妊効果を下げるので飲み合わせはNGです。ダイエット系のお茶にも含まれていることがありますので注意が必要です。
 ピル内服による重大な副作用としては、血栓症(血の塊ができて血管が詰まってしまう病気)のリスクがあることです。さらに、心筋梗塞や脳梗塞の家系、肥満、高齢、喫煙により血栓症のリスクはさらに上がります。手術後などで長時間動けない状態になることでも血栓症のリスクが上がりますので、近々手術を予定している方は、低用量ピルを服用していることを担当医に伝えるようにしてください。

Vol.7 2021年3月

乳がんと乳がん検診

教えてくれるのは 乳腺外科 尾崎 章彦(おざき あきひこ)先生

2020年12月号のコラムにおいては、平素から乳がん検診を受けること、また、症状自覚時にできるだけ早く医療機関を受診することの重要性をお伝えしました。今回のコラムでは、乳がん検診について、もう少し掘り下げてご説明したいと思います。

乳がん検診は超音波検査やPET検査ではダメですか?

 乳がん検診に関連して、外来の患者さんからよく受ける質問は、「マンモグラフィー以外の検査ではダメなのか」という事です。確かに、マンモグラフィーは乳房を圧迫し、ときに強い痛みを伴います。できることなら、そのような苦痛がない検査で済ませたいと考えるのが、当然でしょう。代わりの検査としてよく皆さんが候補に挙げるのは、超音波検査やPET検査です(最近は、流石に触診を挙げる方は減ったように思います)。なるほど、いずれの検査も痛みはありません。まず、PET検査は、早期の乳がんを見つけることが苦手であり、そもそも乳がん検診に用いることは推奨されていません。ですから、ここではマンモグラフィーと超音波検査の使い分けに絞ってお話いたします。

 この疑問にお答えするために、まず乳がんを含めたがん検診の目的を正しく理解していただく必要があります。それは、早い段階で乳がんを見つけ、それにより、死亡率を減少させることです。乳がんについて言えば、現時点で、この条件を満たす検査はマンモグラフィー以外にありません。それこそが、乳がん検診において、マンモグラフィーが勧められている唯一にして最大の理由です。意外に思われるかもしれませんが、超音波検査を受けたとしても、乳がんによる死亡率を減少させることは、証明されていないのです。

 その背景は少し複雑ですが、かいつまんでご説明します。ここで理解していただく必要があるのは、乳がんという病気の特徴です。乳がんは、胃がんや肺がんなどと比べると、比較的進行がゆるやかであり、その治療成績も良好であることが知られています。このような特徴を持つ病気においては、追加の検査や治療が、その病気の治療成績をさらに改善するか、医学的に検証しようとした場合、10年スパンの長い期間が必要となります。

 その点、マンモグラフィーは、1960年頃から欧米で実施されてきました。その導入から既に長い時間が経過しているため、死亡率を減少させるという知見が、十分に蓄積されているのです。一方で、超音波検査の検証が本格的に始まったのは2000年代に入ってからです。加えて、その時期には既にマンモグラフィーの効果が十分に周知されていました。結果として、超音波検査は、40歳代など、マンモグラフィーの効果が不十分になりやすい若年者を中心に、マンモグラフィーを補う検査手法として検証が勧められてきました。加えて、その場合であっても、超音波検査には、マンモグラフィーで指摘できなかった乳がんを追加で見つけるという効果が認められているのみです。現状では、超音波検査がマンモグラフィーに取って代わることは難しいと考えます。当院においては、女性技師が、できるだけ受診者に苦痛がないようにマンモグラフィーを撮影する努力をしています。乳がん検診においてはぜひ当院を選んでいただければ幸いです。

Vol.6 2021年2月

膀胱炎

教えてくれるのは 泌尿器科医師 小内 友紀子(こうち ゆきこ)先生

おしっこが近い、痛みがある… これって膀胱炎?

 2020年11月号では過活動膀胱のお話をいたしました。今回は、身近な膀胱炎のお話をします。女性の方であれば、膀胱炎はかかったことの全くない人をみつけるのが大変なくらい、よくある病気です。自分でも知らないうちになったり、治ったりしているかもしれません。
 症状としては尿をして最後のところできゅっと下腹部や尿道の痛みがでたり、尿の回数が多くなったり、尿に血がまじったり、ティッシュで拭いた時に血液が付いたりするのがよくある症状です。
 膀胱炎とはどんな病気でしょうか。膀胱炎の原因は大腸菌が起因となることが多いです。大腸菌は大便の中に入っている菌です。いわゆる陰部にはたくさんあります。尿も厳密には完全に無菌ではなく、普段でも菌はいるようです。膀胱炎になる時はその菌が増え、膀胱の壁が赤くなったり腫れたり、炎症を起こした状態になっています。そのため、尿の回数が増えたり、痛みが出たりします。炎症を起こした膀胱の壁の血管が破れると、血尿が出ることになります。
 病院に来院して頂き尿検査をすると、大抵の膀胱炎は大腸菌が原因なので、大腸菌に効く薬(抗生物質)を何日か飲んで頂くことで治療は終了です。きちんと治っているかを確認するため、1週間程度の間を空けて来院して頂くことが多いです。その際にまだ血尿や痛みが続いている場合は、他に原因がないかを確認するために超音波検査や残尿検査を行うこともあります。

膀胱炎になったらなるべく医療機関にて受診を

 「膀胱炎って、自分で治せないでしょうか」と聞かれることはよくあります。水分を多くとり、しっかり休むようにする、さらに街の薬局などで薬を購入し、症状を和らげて様子を見られるようであれば、病院に来なくても治せるかもしれません。しかし38℃以上の熱が出たり、症状がひどくなるようであれば、無理をせずに医療機関を受診してください。
 男性でも膀胱炎になることはありますが、男性の場合は尿道が長いため、菌が尿道に入る可能性は低くなります。男性の膀胱炎の場合は、元になっている別の病気がないかどうかをきちんと調べることが必要とされています。
 医療機関に行くと、特に症状がないのに「あなたは膀胱炎ですね」といって薬を処方されたことがあるかもしれません。膿尿(のうにょう)といって、尿を検査すると白血球、いわゆる「膿(うみ)」の成分が通常よりも多く検出されることがあります。痛みや頻尿があれば膀胱炎ですが、単なる膿尿の方は症状はありません。ですから治療の必要はないのですが、先生によっては膀胱炎になると大変だからと薬を出すことがあります。
 なかなか膀胱炎の症状が取れなかったり、痛みはないのに血尿だけが出た場合は泌尿器科の受診をおすすめします。理由は、他に原因となる病気が隠れているかもしれないからです。健診のエコーでも膀胱は詳しく見ることはありません。泌尿器科では必要な検査を順序立てて行いますから、気軽に受診して相談してみてください。
 現在、過活動膀胱の治療を受けている方で、今の治療にちょっと満足できない、もっと自分に合った治療を相談されたい方はご来院ください。

Vol.5 2021年1月

子宮頸がん

教えてくれるのは 婦人科 玉田 裕(たまだ ゆたか)先生

大切な家族を守るために!
子宮がん検診を受けましょう

〈常磐病院婦人科〉の玉田裕と申します。今回は切実な問題である「子宮頸(けい)がん」についてお話させていただきます。右記グラフの年代別の「子宮頸がん」罹患率(※〈日本産科婦人科学会〉2018年度婦人科腫瘍委員会報告より作成)で分かるように、「子宮頸がん」は若い年齢層に多い「がん」です。通常、「がん」は高齢になればなるほど発症率が増加します。しかしながら「子宮頸がん」では、20代から増え始め、妊娠・出産・育児など女性にとってもまた家族にとっても大変重要な時期に多く発症する傾向があります。一方「子宮頸がん」は、予防できる時代になりました。HPVワクチン(※HPV=ヒト・パピローマ・ウイルス、通称「子宮頸がんワクチン」)が開発され、これを接種することで7割程度の「子宮頸がん」は予防できるであろうと考えられています。また「子宮頸がん検診」は、数ある「がん検診」の中でも最も精度の優れた検診です。「がん」になる前の「異形成」の段階で発見されれば、子宮を摘出する必要はなく、手術も短時間で終わり、場合によっては入院の必要もない手術法もあります。しかしながら、いわき市民の「子宮がん検診」受診率はわずか30%です。日本全国の平均も30%と言われており、欧米先進国の受診率70%以上に比べ、日本では「子宮がん検診」の重要性を認識していない女性があまりにも多いことは残念です。「子宮頸がん」は、予防・検診で、十分に撲滅が可能な「がん」です。少しの勇気をもって、婦人科クリニックを受診しましょう!

子宮頸がんの概要

1.20~30代の女性に発症する「がん」の中で「子宮頸がん」が一番多い。
2.「子宮頸がん」は出産・育児の年代に発症のピークがある。
3.50歳までに80%以上の女性がHPVに感染。
4.女性の76人に1人の割合で「子宮頸がん」になっている。
5.毎年約3,000人の女性が「子宮頸がん」で死亡している。

子宮頚がん予防への世界の取り組み

「子宮頸がん」は、世界が確実に制圧できる「がん」の一つと言われ、2020年8月、世界保健機関〈WHO〉の世界保健総会で、「子宮頸がん」征圧実現の世界戦略に関する決議が採択されました。〈WHO〉によって設定された目標(※2030年までにHPVワクチン接種率90%、「子宮頸がん」検診受診率70%、「子宮頸部前がん」病変・浸潤がん治療率90%を達成)に向けて世界中の人々が団結する必要性を呼びかけていますが、日本ではこのことがあまり報道されておらず、日本は世界の流れから蚊帳の外に置かれている状況となっています。
 いわき市の人口は約34万人(※2019年)であり、そのうち20歳以上の女性人口は、約14万5千人。対していわき市の産婦人科専門医は20名弱、しかも医師の平均年齢は他の都市と比べて高いため、14万5千人分の子宮がん検診を行えるだけのマンパワーはないと考えられます。  近年、「子宮頸がん」の原因を形成するHPVを簡便に検出できる自己採取キットが開発され利用可能になりました。まずは、ご自身がHPVに感染しているかどうかだけでもチェックしておいた方が良いと思います。 〈公益財団法人ときわ会〉では、〈磐城中央病院健診サロン〉(☎0246-54-2611)が「HPV自己採取キット」取り扱いの窓口になっています。ぜひご利用いただければ幸いです。

Vol.4 2020年12月

乳がんと乳がん検診

教えてくれるのは 乳腺外科 尾崎 章彦(おざき あきひこ)先生

読者のみなさん、はじめまして。常磐病院乳腺外科の尾崎章彦と申します。現在の日本において、乳がんは最も発症数の多い女性のがんです。1年間に乳がんを発症する女性は91,605人(2017年)、実に、女性の約10人に1人が一生のうち乳がんを発症すると言われています。今回は、身近な病気である乳がんという病気について一緒に勉強しましょう。

2年に1度は乳がん検診を!
早期発見なら負担の少ない治療で病気の治癒が可能です

まず、今回の記事を通してみなさんに最も伝えたいことは、40才以上の女性は最低2年に1度は検診に行っていただきたいということです。というのも、乳がんは数あるがんのなかで、検診の効果が確立されている数少ないがんの一つだからです。検診によって早い段階で病気を発見することができれば、多くのケースにおいて、体に負担が少ない治療で病気の治癒を目指すことができます。その意味で定期的な検診の受診は非常に重要です。ちなみに、いわき市が主催する乳がん検診の受診率は20%未満にとどまっています。より多くの方に検診の重要性について知っていただきたいと考えています。

同様に強調したいのが、乳がんに関する症状を自覚した場合、できるだけ早く医療機関を受診していただきたいということです。なぜならば、一般に検診で指摘される乳がんよりも症状をきっかけとして見つかる乳がんの方がより進行していることが多いからです。乳がんの代表的な症状は胸のしこりや乳首からの赤色の分泌物などです。もちろんその全てが乳がんに伴うものというわけではありません。ただ、このような症状が現れた場合、医療機関を一度受診して、深刻な病気がないかドクターと確認しましょう。

新型コロナウイルスによる乳がんの診療への影響

最後に、現在の新型コロナウイルス流行がこのような乳がんの診療に与える影響について考えてみます。私が最も心配しているのは、受診控えです。新型コロナウイルスへの感染を恐れるあまり、定期的や検診受診を先延ばしにしたり、症状を自覚しているにもかかわらず医療機関への受診を控えるということが、現実に起きています。受診控えが長く続けば、より進行した状態で乳がんが見つかるなど、深刻な影響をもたらす可能性があります。

このように私が訴えるのには理由があります。私は、以前いわき市の北に位置する相双地区において、東日本大震災と福島第一原発事故が現地の乳がん診療に与えた影響について調査を行いました。すると、震災前に、症状自覚後1年以上初回の医療機関受診を遅らせるような乳がん患者さんの割合は4.1%に過ぎませんでしたが、震災後は18.6%に及んでいました。震災後の環境変化で知らず知らずのうちに自身の健康や医療機関受診の重要性が下がってしまった可能性があります。

私は、「目に見えないものへの恐怖」という意味で、現在の新型コロナウイルスの流行と放射能には類似点があると考えています。不安な症状があれば、まずお電話でも構いませんので、医療機関とコンタクトをとってみましょう。もちろん常磐病院乳腺外科では飛び入りの患者さんの受診も原則受け付けています。気軽にご来院ください。

Vol.3 2020年11月

過活動膀胱

教えてくれるのは 泌尿器科医師 小内(こうち) 友紀子(ゆきこ)先生

みなさま、過活動膀胱という病気をご存知ですか?最近TVCMなどでも目にしたことがある方もおられるのではないでしょうか。過活動膀胱というのは「尿が間に合わない(※尿意切迫感)」を主訴とした症状で、頻尿(※尿の回数が多い)、夜間頻尿(※夜何度も起きる)を伴います。昼間は8回以上、夜は2回以上の排尿が目安となります。いずれも、本人がそれほど気にしていなければ、受診する必要はないのですが、週に1回以上尿漏れがあるような場合は、日常生活に支障をきたす場合や、過活動膀胱に似た症状を起こす他の病気の可能性がありますので、泌尿器科に相談した方が良いでしょう。
過活動膀胱の治療の中心は、今まではベタニス、ベオーバ、ベジケア、トビエースなどの内服薬を単独、または組み合わせて服用するのが主流でした。最近、内服薬以外の治療が登場していますので、ご紹介します。

ボトックス療法

麻酔をして膀胱の中に内視鏡を入れて、医療用の細い針を使って膀胱の壁にボトックスを注射。3日ほどで過活動膀胱の症状である「急に尿にいきたくなる感じ」が和らぎ、頻尿が治まります。治療の時間は10分程度です。

良い点 過活動膀胱の症状が治まるので尿回数が減ったり、内服薬を止めることができるかもしれません。日帰りでの治療も可能。
悪い点 効果は4~8ヶ月と言われており、時期がきたら治療を繰り返す必要があります。治療後に膀胱炎を起こすことがあります。
どんな人におすすめ? 過活動膀胱の内服薬を飲んでいても、週に1回以上尿漏れがおきる方。

仙骨神経刺激療法

全身麻酔で始めにリードという細い金属を膀胱にいく神経の根元に差し込みます。
1週間程度、試験的に神経を刺激して、効果が見込める場合は刺激装置を局所麻酔でお尻に埋め込みます。試験刺激の期間も含めて10日間程度の入院になります。

良い点 試験刺激が患者さんに合わなかった場合、リードを外して途中で退院することができます。治療を行ない、退院後は刺激の強さを調節することで、患者さんの生活に合わせることができます。過活動膀胱を元から治療することになります。
悪い点 MRI検査はこの治療後、受けることができません。またリードがずれたり、器械に感染を起こした場合、器械を一度取り外す必要があります。
どんな人におすすめ? ある程度以上重症の過活動膀胱の方が対象。内服薬を飲んでいても頻尿、切迫性尿失禁(※強い尿意がして、尿もれがおきてしまう)の方。内服薬以外の過活動膀胱の治療を受けたい方。

今回紹介したのは比較的最近行われるようになった、過活動膀胱の治療になります。
これ以外にも、生活の習慣を見直すことで尿漏れが軽くなったり、過活動膀胱ではない尿もれの原因が見つかることがあります。
現在、過活動膀胱の治療を受けている方で、今の治療にちょっと満足できない、もっと自分に合った治療を相談されたい方はご来院ください。

Vol.2 2020年10月

女性の尿失禁

教えてくれるのは 常磐病院院長 新村(しんむら) 浩明(ひろあき)先生

無意識に尿が体外に排出されることを尿失禁といいます。女性特有の骨盤の構造と妊娠出産などの理由で、男性よりも女性に尿失禁が多くみられます。尿失禁は適切な診断と治療を行えば、その多くは治療可能な病気です。今回のすこやかコラムでは、尿失禁の中でも特に女性の尿失禁に関して説明したいと思います。

尿失禁の種類

女性の尿失禁のタイプとして、圧倒的に下記の腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁とが多くみられます。その割合は腹圧性尿失禁が約50%、切迫性尿失禁が約20%、そしてこれらのふたつが混在する混合性尿失禁が約30%とされています。

腹圧性尿失禁

腹圧性尿失禁とは、腹圧がかかる状態、例えば咳やくしゃみ、運動、重いものを持つ、大笑いした時などで尿失禁することです。妊娠出産などで膀胱の出口の尿道括約筋が弱り、腹圧がかかると膀胱内圧が高まり、尿道括約筋がこらえきれずに尿が漏れてしまう状態です。

切迫性尿失禁

切迫性尿失禁とは、急に起こる、抑えきれないような強い尿意がおこるためトイレまで間に合わなくなり尿失禁してしまう状態です。これは以前のコラムでも解説した過活動膀胱のひとつの症状です。

溢流性尿失禁

排尿に問題があり尿が出ない状態(尿閉)になると、膀胱はどんどん尿で充満されますが、ある限界を超えると尿道から尿が漏れ出てしまいます。これを溢流性尿失禁と呼びます。このタイプの尿失禁は男性の重症な前立腺肥大症の場合によくみられます。女性でも大きな子宮筋腫で膀胱出口が圧迫されて尿閉になった場合におこる可能性があります。

混合性尿失禁

上記のいずれかの尿失禁が複数存在するタイプの尿失禁です。女性の場合は腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁が混在する場合がよくみられます。

機能性尿失禁

認知症やなどの精神障害や半身麻痺などの運動障害がある場合、尿意を感じたとしても、トイレまでに間に合わずまたはトイレに行けないため尿失禁をする場合のことをいいます。

症状

尿路感染症

女性では細菌性の急性膀胱炎になる頻度が高く、その症状が重い場合尿意が強く尿失禁を認める場合があります。しかし抗生剤の投与で感染が治癒すれば、尿失禁も治癒しますのでこれは一時的な尿失禁です。

頑固な便秘

直腸と膀胱は共通の神経に支配されています。そのため非常に頑固な便秘が継続する場合、膀胱の神経が一時的に麻痺し頻尿や尿失禁を認めることがあります。

妊娠出産

妊娠中に増大した子宮の圧迫により、腹圧性尿失禁がみられることはしばしばあります。また経腟分娩によって排尿に関する筋肉や神経が障害され、腹圧性尿失禁の原因になります。またそれだけではなく経腟分娩により膀胱や子宮、直腸などの支持組織が破壊され、これらの臓器が骨盤内から外に脱出することがあります。膀胱脱、子宮脱、直腸脱と呼ばれる状態ですが、この状態も腹圧性尿失禁の原因になります。

加齢

年齢とともに尿失禁の頻度が増大することが知られています。年をとるにつれて膀胱の筋肉量が減少し膀胱容量が減少します。また年齢とともに過活動膀胱を発症する頻度が高くなることが知られています。特に女性の場合、閉経による女性ホルモンの減少が過活動膀胱の発症に関与している可能性が指摘されています。

子宮摘出

子宮筋腫や子宮癌などの理由で子宮を摘出した場合、尿失禁が多くなることが統計的に報告されています。これは子宮と膀胱は隣接しておりこれらの臓器を支える支持組織が共通しているため、子宮摘出によってこれらの支持組織が障害され尿失禁がおこると考えられます。

肥満

肥満によってより腹圧が膀胱によりかかりますので、腹圧性尿失禁の程度が悪化する可能性があります。

喫煙

喫煙による慢性的な咳は、腹圧性尿失禁の程度を悪化させる可能性があります。また喫煙と過活動膀胱の発生の関連も指摘されています。

尿失禁の診断

問診

どのような状況で尿失禁がおこるのか問診します。

尿検査

尿路感染の有無を診断します。

残尿量測定

残尿の有無を測定します。

排尿日誌

24時間の排尿時間、排尿量、尿失禁の有無を記録し、尿失禁のタイプの診断と尿失禁の治療に用います。

ストレステスト

膀胱が充満した状態で腹圧をかけることによって尿失禁が起こるか調べます。

パッドテスト

尿失禁の量を計測します。

膀胱尿道造影

レントゲンで膀胱と尿道の形態を観察します。

腹圧性尿失禁の治療

薬物療法

β受容体刺激薬(スピロペント)によって膀胱の収縮を弱め、尿道の収縮を強めます。しかし効果は弱く完全に尿失禁を治療することはできません。軽症の腹圧性尿失禁で用いられます。

骨盤底筋運動

尿道、膣、肛門の周囲の筋肉をぐっと収縮しては緩める、これを1日約50回行い、骨盤底筋を強化することによって腹圧性尿失禁を改善する方法です。これは腹圧性尿失禁だけでなく切迫性尿失禁にも効果があります。

手術療法

現在わが国で保険適応があり最も行われている手術はTVT手術です。これは尿道の下をメッシュ状のテープで緩やかにサポートすることによって、腹圧がかかった状態になると尿道を閉鎖させ尿失禁を防ぐ方法です。局所麻酔で手術し入院も2〜3日です。適切に手術が行われれば腹圧性尿失禁は完全に治癒し、再発率も低いことが特徴です。

切迫性尿失禁の治療

薬物療法

抗コリン剤によって膀胱の収縮を抑制することによって切迫性尿失禁を治療します。近年、多くの種類の抗コリン剤が発売され頻尿や切迫性尿失禁に用いられています。

その他

膀胱訓練や骨盤底筋運動といった行動療法も、過活動膀胱および切迫性尿失禁に有効な場合があります。特に骨盤底筋の脆弱化が切迫性尿失禁の原因となっている場合は、骨盤底筋運動が効果的である場合があります。また骨盤底に低周波刺激を与える低周波治療により過活動膀胱の治療も行います。

尿失禁は羞恥心のため医療機関への受診がためらわれ、尿失禁があったとしても尿取りパッド等で対処している方が多いと聞きます。しかし尿失禁があるばかりに知らず知らずに外出をひかえたり、運動をひかえたりすることとなり、ひいては運動不足からいわゆるメタボリック症候群となる可能性も考えられます。そのためたかが尿失禁と放置せず、現在は前述のように多くの治療法が選択でき、また効果が高いことが実証されていますので、ぜひ専門の泌尿器科を受診されるようにしてみてください。

いわき泌尿器科病院では、尿失禁治療として薬物療法はもちろんのこと低周波装置も備えて実施しております。さらに手術療法として子宮脱膀胱脱手術やTVT手術も行っています。また尿失禁専門看護師による骨盤底筋運動の指導を定期的に行っており、それに加えて骨盤底筋の強化につながるヨーガ教室も毎週開催しています。このようにいわき泌尿器科病院では、尿失禁でお悩みの方の生活の質を少しでも改善できるよう様々な側面から治療にあったっていますので、ぜひお気軽に受診いただきたいと思います。

Vol.1 2020年9月

膀胱脱(膀胱瘤)

教えてくれるのは 常磐病院院長 新村(しんむら) 浩明(ひろあき)先生

膀胱脱(膀胱瘤)とは、女性の膀胱と腟壁の間の支持組織が脆弱になって伸びることにより、膀胱が腟壁より飛び出てくる状態をいいます。女性の骨盤底には骨盤底筋群といわれる膀胱、子宮、直腸を支える筋肉があります。この筋肉が、出産や加齢によって障害され支持する力を失うと、膀胱や子宮、直腸が正常の位置よりも下に移動(垂れ下がる)します。この状態をそれぞれ膀胱脱、子宮脱、直腸脱とよび、これらを総称して骨盤臓器脱(性器脱)と呼びます。そのため膀胱脱や子宮脱、直腸脱はそれぞれ単独でおこることは珍しく、程度の差はありますがそれぞれ同時に起きる場合がほとんどです。

膀胱脱の症状

軽度の膀胱脱では特に何も症状がありません。膀胱脱の程度が進むと、脱出した膀胱による以下のような症状が出現します。

  • ● 長時間の立位によって骨盤や膣の圧迫されるような違和感
  • ● 力んだり咳をしたり、重いものを持ち上げたりすると増強する下腹部の不快感
  • ● 座った姿勢で、卵の上に座っている感覚
  • ● 残尿感
  • ● 繰り返す膀胱炎
  • ● 性行為中の痛みや尿漏れ

膀胱脱の原因

膀胱脱を含め骨盤臓器脱は、骨盤底筋群とそれを支持する靱帯が弱くなることによって発生します。この原因に最も大きく関与する要因は、経腟分娩によるお産です。1回の経腟分娩より複数回の経腟分娩がより骨盤底筋を損傷し、骨盤臓器脱が起こりやすいことが分かっています。また加齢によっても骨盤底筋群は弱くなります。これは閉経後に女性ホルモンであるエストロゲン分泌が減少することが関係しているといわれています。エストロゲンは骨盤底筋を強くすると考えられています。その他の要因として、肥満、便秘による力み、繰り返し重いものを持ち上げることや慢性的な咳などが関係しています。また子宮の摘出によっても骨盤底筋群が傷つき骨盤臓器脱になりやすいことが分かっています。

膀胱脱の検査

膀胱脱は、外陰部の観察で膀胱の腟壁からの突出で容易に診断できます。軽度の膀胱脱は普段は膀胱の突出がなく、腹圧をかけて(おなかに力を入れて力む)ことで突出する場合もあります。

  • ● チェーン膀胱造影:膀胱に造影剤を注入しレントゲン撮影することによって腟壁より突出する膀胱を認めます。また尿道に鎖を挿入し尿道と膀胱の位置の確認が行えます。
  • ● CT:膀胱充満時では腟壁に突出する膀胱を認めます。また膀胱脱だけではなく子宮脱、直腸脱の存在の診断にも役立ちます。
  • ● 尿流量検査・残尿検査:尿の勢いや残尿を測定することによって、膀胱脱による排尿障害を診断することができます。

膀胱脱の治療

骨盤底筋体操

緩んでいる骨盤底筋を強化するために、意識的に骨盤底筋を収縮させて骨盤底筋を強化する治療法です。膣と肛門を意識的に収縮させることで、骨盤底筋は収縮します。これを繰り返すことによって骨盤底筋を強化させます。一種の筋肉トレーニングですので、1〜3ヶ月この運動を継続することによって効果がでます。軽症の膀胱脱に有効です。

ペッサリー(腟内装具)

膣にペッサリーを挿入することによって骨盤臓器の位置を補正します。軽度から中等症の膀胱脱で用いられます。また心臓病などの合併症で以下の手術が受けられない場合などにも使用されます。

手術療法

手術は、突出の程度が強く上記の治療でも改善しない場合に行われます。手術の基本は、緩んだ腟壁を切除し縫合する膣前壁縫縮術を行います。直腸脱を合併している場合は、直腸側の腟壁を形成する膣後壁縫縮術も同時に行います。また子宮脱を合併している場合は、膣の方から子宮を摘出する経腟的子宮摘出を行います。

腟壁縫縮だけでは長期経過すると、再び腟壁が緩み臓器脱が再発する場合があります。そこで、再発の少ない方法である医療用のメッシュを用いて骨盤底筋を補強する方法(TVM手術)を行う施設もあります。

膀胱脱を含む骨盤臓器脱は、生命を脅かす病気ではないのですが、排尿障害や下腹部の不快感など生活の質を低下させる病気です。当院では骨盤臓器脱に対し、婦人科の医師と協力し治療にあたっており、特に手術療法では年間10例前後の経腟的子宮摘出術および膣前後壁縫縮術を婦人科泌尿器科合同で行っています。腰椎麻酔(下半身麻酔)による手術で、手術時間は約1時間程度です。入院期間も5〜7日となっています。

骨盤臓器脱は下腹部の病気ですので、なかなか病院にはかかりづらいと思います。しかし我慢していても決してよくはならないどころか、年齢とともに悪化する場合がほとんどです。そのため骨盤臓器脱でお困りの方は、是非、お早めに専門医療機関の受診をお勧めしたいと思います。